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咲けないような場所であっても

『置かれた場所で咲きなさい』という本があります。その中で著作の渡辺和子さんは、「花として咲く」とは、「神様に導かれた所で、一生懸命心を尽くして生きる」ことだと語っています。そして「咲く」とは、「自分が幸せになり周囲の人を幸せにすること」だと言います。

私たちも、そのように生きられたら、どんなにすばらしいことでしょうか。

しかし現実には、花を咲かせたいと思っても、咲かせることができないような状況に置かれることがあります「自分のことで精一杯になり、周囲の人のことを考える余裕を失ってしまうこともあるでしょう。子育てや仕事、思うようにいかない人間関係の中で、「こんなはずではなかった」と感じることもあるかもしれません。

渡辺さんは、そんな時についても語っています。「どうしても咲けない時もあります。雨風が強い時、日照り続きで咲けない日、そんな時には無理に咲かなくてもいい。その代わりに、根を下ヘ下へと降ろして、根を張るのです。次に咲く花が、より大きく、美しいものとなるために」と。植物が美しい花を咲かせるためには、見えないところでしっかりと根を張る時間が必要です。

きれいな花は、年中咲いているわけではありません。むしろ花の咲いている時期は短く、根を張って十分な養分をとり、葉をつけて光合成をし、活力を得る時期の方が長いのです。

私たちの人生も同じなのかもしれません。うまくいかない時期は、決して無駄ではなく、次に咲く花のための大切な備えの時です。そのような時にこそ、心が整えられ、何が大切なものなのかを知り、愛が深められる機会となるのです。

もし今、つらさの中におられる方がいらっしゃるなら、その時もまた意味のある時間であることを、そっと覚えていただけたら幸いです。皆さまの毎日が、やがてあたたかな花を咲かせる歩みとなりますよう、心よりお祈りしております。

ただ一つ

みなさんは、物を手放すことが得意でしょうか?それともなかなか手放せずに、いつまでもとっておくタイプでしょうか?

ここ数年、「断捨離」や「ミニマリスト」という言葉をよく聞きます。
人間が幸せに生きるためには、必要最低限なものだけで十分だという生き方です。
ふと気づくと、私たちの周りは物で溢れており、その物たちが問題やストレスの原因となることもあるのです。

私の家でも以前「断捨離」のブームが来ました。
どんどん捨てられて、最後には私まで捨てられそうになったと、いつも冗談で言っています。今まで自分の周りにあった物たちを手放すことは、ちょっと寂しい気持ちにもなります。しかし、全く使っていなかった物たちがなくなり、家がスッキリすると、なんだか心もスッキリしたことを覚えています。

私たちが幸せに生きるために、本当に必要なものとはなんでしょうか。
私たちの多くは幸せを求めて、あれも、これも、それも、と多くを手に入れようとします。そして、多くを手に入れることによって悩みも増えていくのです。

聖書の中に、多くのことに思い悩んでいたマルタという女性が出てきます。
そんな、思い悩み、イライラしているマルタにイエス・キリストは優しくこう言ったのです。

この「一つ」とは一体何でしょうか?聖書のメッセージはとてもシンプルです。
人間の心に平安を与えるのは、ただ一つを大切にするだけで良いというのです。
この一つを求めて、聖書を学んでみませんか?

今、色々なことに思い悩み、心を乱している方はいないでしょうか。
人には言えない悩みや葛藤の中で過ごしている方もいるのではないでしょうか。

必要なことはただ一つであると言われたイエス・キリストに出会ってみませんか。