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はじめまして

はじめまして。このたび当地域の教会(セブンスデー・アドベンチスト小金井教会)に着任しました牧師の平賀和弘と申します。どうぞよろしくお願いいたします。これからどのような出会いが与えられ、すばらしい出来事が起こるのか、楽しみにしています。

さて、聖書には、神さまご自身が自己紹介された時の様子が記されています。神さまはモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ。」(出エジプト記3章14節)と語られました。この言葉は、不思議でありながら、深い慰めと希望に満ちています。

神さまがこのように自己紹介されたのは、モーセが使命に戸惑い、自分の弱さに目を向けていた時のことでした。内外の敵や大きな課題を前にして、おじけづいたモーセは、「わたしは何者でしょう」と神さまに訴えます。その言葉には、「自分にはできません」という思いが込められているようです。モーセは、神さまからゆだねられた働きを拒もうとするのです。


「わたしはある」とは、神さまが過去も現在も未来も、またどんな状況であっても変わることなく存在し、導いてくださっていることを示しています。今この瞬間にも、神さまは私たちと共におられます。モーセにとって必要なのは、「自分が何者なのか」ではなく、「神さまが共にいてくださる」という事実でした。

神さまは、遠くから見ているだけのお方ではありません。悩みや不安のただ中にいて、共に歩み、必要な力と導きを与えてくださいます。だからこそ私たちは、自分の力や状況ではなく、「わたしはある」と語ってくださる神さまに信頼して歩むことができます。

どのような日にも共にいて導いてくださるという神さまの約束に支えられながら、一歩ずつ歩んでいきたいと思います。

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地域の皆さまの上に平安がありますようにお祈りしています。どうぞお気軽に教会ヘお立ち寄りください。

ナインワンワン

9月11日と聞くと何を思い出しますか?

24年前、アメリカで同時多発テロ事件があった日としても覚えられている日です。

ニュ―スで何度も流れる映像を覚えている方も多いのではないでしょうか。

さて、アメリカで911、つまリナインワンワンとは、緊急通報用の電話番号です。

日本では警察は「110番」、消防や救急車は「119番」ですが、アメリカではどちらも 「911番」に電話します。つまり、助けを求める番号はただ一つ、ナインワンワンなのです。

私たちは、苦しみの時、助けを必要としている時、どこに助けを呼び求めていますでしょうか。聖書の神様は、助けを呼び求めて欲しいと言っています¨旧約聖書の言葉を3つ紹介いたします。

一つ目は詩篇50篇15節です。

二つ目はエレミヤ書33章3節です。

そして、三つ目は詩篇34篇6節です。

私たちは生きていると、様々な試練や困難を経験します。そのような時に、聖書の神様は、呼び求めて欲しいと願っているのです。

人間的に考えて絶望的な状況においても、神様は必要な助けを送ってくださると約束してくださっているのです。

今日、試練の中、苦難の中を通っている方もいると思います。聖書の神様は、お一人お一人を呼んでおられます。そして、この呼びかけに答えるか否かは私たち一人一人の選択に委ねられているのです。

24時間いつでも聞いてくださる、ナインワンワン。

聖書の神様を呼び求めてみませんか。

乱れた心には、これ一つだけ

先日息子に次のような質問をしました.
「遠足に持っていくお菓子を一つだけ選ぶとしたら、何を選ぶ?」
しばらく悩んだ息子は、しばらくして、残念そうな声でこう言いました。
「なんで一つだけなの・・・」
一つだけと言われると、なんとなく選択肢が無くなりつまらなく感じるかもしれません。

さて、聖書にも 「一つだけ」と書いてある箇所があります。しかも、平安な心で生きるために必要なのは「一つだけ」というのです。
新約聖書ルカによる福音書10章38節から42節にマルタとマリアという二人の姉妹のお話が出てきます。マルタとマリアの家にイエスさまが来られた時、姉のマルタはイエスさまたちをもてなすために一生懸命働いていました。しかし、妹のマリアは、もてなすために動こうとはせずに、イエスさまの足もとに座って、ずっとお話を聞いていたのです。

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わかるよ

皆さんは「わかるよ」という言葉をつかったことはありますか?
酸っぱい梅干しを食べている人を見るだけで、自分の口の中もすっぱくなることありますね。そんな時、私たちは「ああ、わかる!」と言ったりもします。

では、苦しんでいる人に対して、試練の中を生きている人に対して、その気持ち「わかるよ」と言えるでしょうか。

牧師になるために、神学を学んでいた時、1人の先生の言葉が忘れられません。
その先生はこう言ったのです。
「牧師になると、様々な悩みを聞くことも増えると思います。しかし『わかるよ』とは決して軽々しく言ってはならないよ。なぜなら、わかるはずがないんだ!」今でも強烈に覚えています。
その先生も、おそらく多くの苦しみや試練を経験されたのだと思います。

私たちは生きていると、様々な苦しみや試練を経験します。
私たちが経験する苦しみ、悲しみ、または心の虚しさを完全に、または100%理解できる人はいません。

しかし、聖書には、あなたの苦しみを完全に、そして100%わかる方が1人いる!というのです。その方こそ、イエス・キリストです。新約聖書へブライ人への手紙2章18節には次のような言葉があります。

イエスさまは言えるのです。
「わかるよ、その苦しみ、その試練、辛いよね。わたしもその試練を通った。大丈夫だ、わたしが共にいる!」
私たちが経験する全ての試練を受けてくださった方だからこそ、私たちを助け、救い出すことができるのです。このイエスさまに出会い、「わかるよ」と言うメッセージを受け入れた時、私たちの心に平安が与えられるのではないでしょうか。全てをわかってくれる方がいるという喜びこそ、聖書の福音でもあるのです。

今日、苦しみの中、試練の中を生きている人たちが大勢いると思います。
誰にも理解してもらえずに、悩み苦しんでいる人もいると思います。
私たちに「わかるよ」と優しく声をかけ、慰め、力を与えてくださるイエス・キリストに出会ってみませんか。